寺院の由来縁起と宗派。~龍光寺編~

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みなさんはお寺の由来や縁起など、ご自身が檀家となっているお寺がどんなお寺なのか、そして宗派が何かなど調べてみたことはありますか?
本日は静岡県吉田町にある龍光寺について詳しくご紹介します!
知ってみると歴史の奥深さにきっと興味がわいてくると思いますよ!

目次

  • 龍光寺の由来と縁起
  • 臨済宗とはどんな宗派?
  • まとめ

龍光寺の由来と縁起

臨済宗である龍光寺は、能満寺九代雲仲慶運が大宝山玉林寺を開創した後、元禄11年(1698年)能満寺十七世寂水和尚が京都の江山徳門和尚開祖し、宝永元年、『龍光寺』と改められたとされています。

お寺の縁起といわれる弁天(弁才天)は、印度の神様で、河川、流水を司り、梵天の妃と考えられ、弁舌才智に富み、無量の福徳を授け、言語、文字の発明者、音曲に長じ、智恵と財福を与える天女として一般に信仰されました。
弁天さんと言われ、水の流れに望んだ丘にまつられています。
また弁天(弁財天)は一般的に七福神の一人として、福徳を増し智恵を授け、長寿と財宝をもたらす神としても有名です。

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臨済宗とはどんな宗派?

臨済宗は、禅宗のひとつで、中国禅宗の五家七宗の一つが、鎌倉時代に明庵栄西が日本に伝えたといわれています。
看話禅は、師匠が出す公案という問題を、弟子が、体全体で答えを見出す中で、理論を超えた真実を探すというものです。
また、師匠と二人きりで対面し、弟子が提示した結果を、師匠が検証する参禅を行うことで、体得しました。
浄土宗、浄土真宗の念仏を唱えて極楽浄土へ行く他力と比較して、坐禅によって悟りを得ることは、自力と呼んでいます。
厳しい武士の世の中の鎌倉時代では、武士を中心に坐禅が広がりました。
南無釈迦牟尼仏を唱えます。

また、臨済宗は、14とも言われる宗派があり、それぞれの菩提寺によって、葬儀などのマナーも変わります。
通夜、葬儀の白木位牌は、最上位に円寂の円の○が書かれます。
戒名には、新帰元、戒名の下には霊位と書きます。
仏壇に位牌を祀る習慣は、臨済宗からスタートしたとも言われています。武家文化と深く結びつき、文化や政治に重んじられたのが臨済宗です。
臨済宗寺院のスタイルが、玄関、座敷などの生活習慣に大きな影響を与えたとも言われています。

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まとめ

今の日本の文化や生活習慣ができた過程に宗派が関係しているとはご存知ない方も多かったのではないでしょうか?
宗派というと少し難しく感じますが、知っていくと、だんだんとお寺に関心がわいてきますよね。
今後も少しずつお寺のご紹介をしていきたいと思います。

また、近年よく聞く継承者がいなくてお墓を建てられないなどのお悩みに応えるべく龍光寺には今後、『永代供養墓』や『樹木葬』、『ペットの納骨堂』が誕生します。
吉田インターからも近くアクセスに便利で、吉田町が眺められる景色のよい場所にある龍光寺に、是非一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

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