お墓を建てる前に知っておきたい!日蓮宗ってどんな宗派なの?

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こんにちは、少しずつ春を感じる事が多くなってきました。そろそろ、春のお彼岸も近づいてきました。春と言えば『桜』が思い浮かびますが、今日のテーマの日蓮宗の総本山『身延山妙法華院久遠寺』の枝垂桜は樹齢400年とも言われ観光客やカメラマンが後を絶たないとのことです。そんな素晴らしいお寺を総本山にもつ日蓮宗について、少しだけ紹介します。

目次

  • 日蓮宗の歴史っていつからあるの?
  • 日蓮聖人ってどんな人なの?
  • 日蓮宗のお墓ってどんな形なの?
  • まとめ

日蓮宗の歴史っていつからあるの?

そもそも、日蓮宗は『日蓮』という方が開祖となり、鎌倉時代から歴史は始まります。総本山は先に述べました山梨県南巨摩郡身延町にある『久遠寺』になります。寺院数5169ヶ寺(2015年2月16日現在)僧侶数8156名(同じく2015年月16日現在)と日本でもとても多くの方が信仰されてる大きな宗旨宗派と言えます。
はじまりは建長5年(1253年)4月28日に旭ヶ森(現在の千葉県鴨川市・清澄寺)で、日蓮聖人は初めて「法華経を心の拠り所にします」という意のお題目「南無妙法蓮華経」を唱えます。そしてこのときから、自らを新たに「日蓮」と名乗るようになったと言われています。法華経のように“太陽の如く明らかで、蓮華の如く清らかでありたい”との願いを込めた「日蓮」という名は、法華経の行者として生き抜く決意の表れだったようです。これが日蓮宗のはじまり、立教開宗の日と一般的に言われています。
また『法華経』とは、来世ではなく現世での在り方を問い、”今をイキイキと生きること”が説かれ、混迷した世の中を正し、人々を救う「お釈迦さまの真の教え」である”と日蓮聖人が説かれました。
25961久遠寺枝垂桜


日蓮聖人ってどんな人なの?

日蓮宗の宗祖、日蓮聖人は、貞応(じょうおう)元年(1222年)2月16日に現在の千葉県鴨川市に、漁師の子として生まれ、12歳で親元を離れて近隣で一番大きなお寺だった『清澄寺』に勉学のために入ったと言われています。16歳の時、正式に僧侶になりますが、その出家の目的は明確で、現在の仏教界に対する疑問解決のためでした。まず『この国はこれだけ仏教が盛んなのに、なぜ世の中は争い事ばかり起こるのだろうか?』鎌倉幕府が成立したのが、日蓮聖人が生まれる30年ほど前で、平家から源氏に、源氏から北条氏にと時の権力者は変わっていきます。日蓮聖人が生まれた前の年には『承久の乱』も起こり戦ばかりの世の中でした。さらに『お釈迦様の教えは一つであるはずなのに、なぜこんなにも多くの宗派があるのだろうか?』多くの宗派があって仏教は盛んなように見えても、世の中は全く良くならない。苦しんでいる人が大勢いる。仏教は世の中の役に立っているのだろうか?お釈迦様が本当に伝えたかったことは一体なんなのだろう?…お寺での修行の中、修行をすればするほどに、この2つの疑問は大きくなっていかれたようです。そのような疑問解決のため、17歳から32歳までひたすら勉学に励み、日本各地の寺院・僧侶を訪ね歩き、数多くの経典を読み解きました。そのなかでも当時の仏教総合大学であった比叡山においては11年間、すべての宗派や経典を徹底的に勉強し、『法華経』こそがお釈迦様の集大成であり、『法華経』によって人々の救済が可能だと確信するのです。そして先に述べました1253年(建長5年)4月28日、聖人が32歳の時、初めて『南無妙法蓮華経』と唱え「数多くの教えのなかで、お釈迦様が本当に伝えたかったことは『妙法蓮華経』(法華経)に書かれている。お釈迦様の真実の教えを伝え広め、この世界を仏の世界にしよう」と誓い、この日から、お釈迦様の本当の教えを、一人でも多くの人々に伝えるために、教えを広め続けました。そこから、日蓮聖人は波乱万丈の人生を歩むことになります。他宗派を厳しく批判して、迫害を受け、流罪になったり、処刑されそうになったり、襲撃されるなど、何度も生命の危険にさらされたとも言われています。数々の逸話や伝説を残し61歳まで生きられたようです。

日蓮宗のお墓ってどんな形なの?

日蓮宗のお墓は、通常のお墓のように、和型や洋型どちらでもあります。また竿石の正面部分に「○○家之墓」と彫る場合と、髭題目で「南無妙法蓮華経」の文字を刻む場合があります。「南無妙法蓮華経」を刻まない場合は家名の上に「妙法」の2字を刻みます。妙法とは「法蓮経」の教えのとこで、最も優れた正しい仏の教えを表しています。また五輪塔には上から順に「南無・妙・法・蓮華・経」と、分割してそれぞれの文字を刻んでいきます。
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牧之原市内の日蓮宗のお墓の紹介→牧之原市福岡にある日蓮宗浄心寺様ってどんなお寺?

 

 

まとめ

日蓮宗は、日本の宗旨宗派では珍しく、開祖のお名前がそのまま宗旨宗派の名前に使用されてます。それ程までに、日蓮聖人の生き方が数奇なものだったと推測されます。また、いつの時代でも、物事やものの考え方は、様々な角度から見る事によって、まったく異なる見え方をするものだと、改めて考えさせられます。先日、ニュースでフェンシングのオリンピックメダリストの太田 雄貴氏がインタビューで、こう話していらっしゃいました。一度、現役を離れることで、様々な角度からフェンシングを見ることが出来、理解度も増したと話してました。『試合に勝つ』にはただただ筋力や身体のパフォーマンスを向上させるだけではなく、試合の流れ、審判の個人別の傾向等々、様々な分野を研究していき、今までは見えてこなかったものが、見えてくる。と…。太田選手は一度、現役を引退され、1年のブランクの後、再度復活され、見事世界選手権で日本人初の金メダルを獲得されました。宗教とスポーツとジャンルは全く違いますが、何か似通った物を感じられずにはいられませんでした。

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