曹洞宗 偏照寺

名称 偏照寺
よみ へんしょうじ
所在地 藤枝市花倉397-1
宗教・宗派 曹洞宗
縁起 南北朝時代、駿河守護・今川二代範氏は駿河の南朝方勢力を抑えるため、葉梨荘に花倉城を築きました。文和3年(1354年)と言われます。また、築城に伴い居館を建て、近辺に一族と家臣団の精神的結束の象徴として遍照光寺(へんしょうこうじ)を創建し、八幡神(はちまんし)を崇敬しました。今川氏は、範氏・泰範・範政と3世60年間、葉梨荘を拠点にしていたといわれます。今川氏の男子もこの寺で修業を積み、住職を務め、さらに出世して泉沸寺や奈良の唐招提寺の住職になった僧も出ました。今川七代親の三男・玄広恵探もこの寺に住して「花蔵殿」または「花蔵の御曹司」と称されました。その後、花蔵の乱に勝利した九代義元が永禄3年(1560年)に織田信長により桶挟間において討たれ、また、永禄11年(1568年)に武田信玄が駿府に侵略し、花倉の今川一族の居館とともに遍照光寺も焼失したと思われます。翌年1月に信玄から寺の再興を認められ、元亀3年(1572年)に谷稲葉・心岳寺4世 蒲山考順大和尚を改宗開山として曹洞宗・偏照寺となりました。
電話番号 054-638-1085
形態 寺院墓地
施設 確認中
特徴 境内に、二代範氏及びその嫡子・氏家の墓石とされる五輪塔が安置され、背後の山には城砦跡が確認されています。
交通 静鉄バス、葉梨線中田下車、徒歩約1時間
地図