名称 源昌寺
よみ げんしょうじ
所在地 藤枝市大手1丁目14-10
宗教・宗派 曹洞宗
縁起 大手の源昌寺は、田中城主とゆかりの深い寺院である。慶長6年(1601)田中城に酒井備後守忠利(三河以来の徳川家旗本)が、初代藩主として川越から1万石の大名として移封してきた。忠利は直ちに城郭の大改修にとりかかり、四の曲輪を築き、それまでは一万坪程だった田中城を4万2千坪までに広げ、家臣の侍屋敷とした。田中城の正門を大手口に変更し、城と城下町をつなぎ、下伝馬を設け藤枝宿の整備も実施した。わずか8年の在城であったが、田中城の基盤を確立した名君主であった。
また、忠利は神仏尊崇の念も篤く、父雅楽頭正親の菩提を弔うため、寺院を建立した。父正親の法名、雙松院殿繁林源昌大居士に因み「繁林山源昌寺」と名づけ、洞雲寺6世大洲重撮を拝請して、慶長7年(1602)源昌寺が開創された。開山大洲重撮は源昌寺以外に市内に向善寺・延命寺・光明寺の四ケ寺を開いた名僧である。忠利は源昌寺建立後、青山八幡宮には5石分の土地を寄進し、また瀬古の秋葉大権現の再建をも行っている。忠利は慶長14年(1609)武蔵国川越城に移り、3万7千石に加増され、後老中職となり幕政にも参加した。彼は川越に移ると、そちらにも源昌寺を建立し、父の菩提を弔った。
電話番号 054-641-3377
形態 寺院墓地
施設 確認中
特徴 確認中
交通 藤枝大手バス停 から徒歩3分
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